稲刈りが終わって2ヶ月ほどが経ちます。朝の散歩でぷらぷら歩いて田んぼを眺めていたら、ふと気がつきました。稲刈りして何も無くなったはずの田んぼですが、一面緑になっています。
刈り取ったはずのイネの根本から新しく葉っぱが出ています。
穭(ひつじ)というそうです。「稲孫」とも書く。樹木の切り株や根元から生えてくる若芽のことを蘖(ひこばえ)というが、この穭(ひつじ)はイネの蘖(ひこばえ)ということになります。再生イネですね。
イネですので、このまま伸びれば収穫できるのかと思いますが、実際には穂がつく前に枯れてしまうか、ついたとしても中は空洞となってしまうようです。
秋に稲穂が実って、いわば枯れた状態で刈り取られた田んぼ。そこから青々と若芽が生えてくる・・・生命力の凄さを感じます。
また、若芽が生えてくるほど豊かな土壌ということでもあるのでしょう。
せっかく生えてきましたが、結局は穭(ひつじ)は刈り取ることはせず田んぼに漉き込まれます。次の時のイネの栄養になるのでしょうね。
ひつぢ田に紅葉ちりかかる夕日哉
蕪村
穭・穭田は秋の季語です。私は、穭(ひつじ)という言葉は知りませんでしたが、昔から季節を感じるものだったのでしょう。稲作文化の中では当たり前なのかもしれません。米を主食とする日本人でありながらなんと情けなく無知なことか・・
こんなに田んぼのたくさんある土地に長年住んでいながら、毎日いただいているお米について、知らないことが多すぎます。もう少し勉強するようにします。
季節は二十四節気の「霜降」。しっかり晩秋です。七十二候では53番目「こさめときどきふる」となります。秋雨のようなしとしと雨ではなく、パラパラと滴を垂らしてやがて止んでしまうような雨。そういえば先日もそんな雨でした。
「霜降」の次は「立冬」。この間まであんなに暑い日が続いていたのに冬が始まります。
穭田を眺めながら季節を感じ、その流れの早さに驚く。驚くと同時に焦る。
穭田を眺めながら自然の力強さを感じ、自分の弱さを知る。
何を見ても悪いように捉えるのは私の悪い癖です。
ですが、焦りや弱さを感じている自分をありのままに受け入れるというのも自分を見失わないテクニックかと思います。
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